人生の折り返し地点は過ぎましたが、明るく前向きに生きていきます♪
2015年02月21日 (土) | 編集 |
昨日の続きでピアノの話

小さい頃、ピアノというのはおもちゃの卓上ピアノしか知らなかったので
大きいのは「オルガン」というものだと思っていました。

「オルガン買って」とおねだりして
小学校1年生の時、電気オルガンを買ってもらいました。
それと黄色いバイエル
黄色のバイエルは下巻だったようですね。

その頃京都に住んでいましたが、田舎だったのでピアノ教室などなくて
でも、楽譜の見方は分かったようで、ひとりで練習していました。

4年生の3月に父親が亡くなって
母の故郷である金沢市に引っ越し

母子家庭になってますますピアノどころじゃなくなりました。
でも、バイエルは一人で弾いて遊んでいました。

習っていないけれど、毎日遊んでいたから結構上手に弾けて
中学2年の時には合唱コンクールのピアノ伴奏もしました。
クラスにピアノを習っている子が誰もいなかったから。

中学1年の時、友達のお姉さんがとてもピアノが上手で
そこで聴いたランゲの「花の歌」
それを弾いてみたくて、楽譜を買って一生懸命練習しました。
オルガンだと、鍵盤が足りなくて困るのですが・・・
だいたい弾けるのですが、途中の難しい所や最後の難しいところは(-_-;)

高校生の頃、隣の家にピアノの先生が週1回来るようになって
わたしも習うことになりました。

ピアノの月謝が2000円
私は近所の小学生二人の勉強を教えて一人1000円、二人分で2000円
それでピアノの月謝を払っていたのですが

2~3か月したらピアノの月謝が値上げされることになり
隔月でお願いしようとしたのですが、そういう事は認められないらしく結局やめてしまいました。

そこでは黄色のバイエルを弾いて、おかしいところを直してもらうようなことをしていました。

大学は教育学部だったので、ピアノの授業がありました。
防音のピアノ室がたくさんあって、空いていたら自由に使えて嬉しかった。

ピアノの授業といっても、練習して行ったのを聞いてもらうというもので
バイエルが終わったらブルグミューラーを弾くという程度でした。

順番に先生に聞いてもらうので、友達の演奏も聞くのですが、
ブルグミューラーの「アベマリア」を素晴らしく感動的に弾いた子がいて、カルチャーショックでしたね。
楽譜通り間違いなく弾いても、感動的な演奏と普通の演奏があるということ。
表現力、なんでしょうね。

ピアノ室が使えたので、単位に関係なく、弾きたい曲を練習しました。
前にも書いた「幻想即興曲」
レコードは持っていたけれど
右手と左手の拍が違うので、どうしても弾けなかった(T_T)

「エリーゼのために」最初の方はいいんだけれど、
途中からガタガタになりますね・・・

ベートーベンの「月光ソナタ」
1楽章はゆっくりだからそこそこ弾けたようでした。
2楽章もなんとなく弾けたような?記憶があります。
3楽章は好きなんだけど、難しすぎて完敗(T_T)

でも、ピアノ室でたくさん練習できてうれしかった。

小学校の先生になったら、音楽の授業もあるのですが
学校のピアノで練習できるとしても忙しくてそんな時間はないので
ほとんどコード伴奏にしていました。

高校時代はフォークソングにハマっていて
貰ったギターで作詞作曲、たくさん作りました。
受験勉強用に
ボブ・ディランの「ハッティキャロルの寂しい死」の替え歌で
「中国の歴史」を20番まで作りました。

「殷はBC〇〇年頃の 商を都とする都市国家・・・」という具合に

ところが、歌詞の言葉がごっちゃになって、あまり役には立たなかった (^^;

とにかくギターは弾きまくっていたので、C,F,G7などコード進行には慣れました。
だからピアノでもメロディが分かれば、楽譜なしでも簡易伴奏には困りませんでした。

結婚して、子どもが生まれてピアノを買いました。
子ども達にはピアノとヴァイオリンを習わせたけれど
娘は余りピアノが好きではなかったらしく、それほど上達もしなかった。

息子は大学のフィルに入ってヴァイオリンを続けていたけれど、他県に就職するとき、置いて行ったので結局、それほど好きでもなかったのかもしれない。

娘が弾かなくなったピアノは埃をかぶって、物置状態になっていましたが

昨年、母の具合が悪くて、私は五年間続けた合唱団をやめたのですが
母が亡くなってから、しばらくたって、ピアノを弾きはじめました。

きっかけは昨日書いた
運と幸せがどんどん集まる「願いごと手帖」のつくり方運と幸せがどんどん集まる「願いごと手帖」のつくり方
(2007/12/05)
ももせ いづみ

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願い事手帳に「幻想即興曲が弾ける」と書いたことです。

いきなり「幻想即興曲」を練習したのではなくて
一応レパートリーだけど完全ではなかった
「エリーゼのために」
「花の歌」
を、すらすら弾けるように練習しました。

それから「幻想即興曲」にとりかかり
You Tube をお手本にコツコツ練習したら、弾けるようになりました。

やれば、できるもんですね。
学生時代にどうしても弾けなかったのに。

で、それが弾けたら
「子犬のワルツ」も結構短期間に弾けるようになりました。

今「月光」の一楽章を練習していますが、これは学生時代に弾けたはずなので、いきなり両手で弾いてもゆっくりなら弾けました。

ピアノを習いに行っていませんが
You Tube で聴いて、イメージをつかんで弾いています。

ピアノの先生に見て貰ったら違っているかもしれないけれど、弾くのは楽しいです。

ボケ防止になるし。

まだまだ弾きたい曲はたくさんあるので
楽しみです。

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コメント
この記事へのコメント
ピアノの話
初めまして のびたと申します
オルガンから始めてピアノの練習になるまで 楽しく拝読させて頂きました
私もきっかけはオルガンでしたので 感銘深いです
30代半ば 会社の倉庫にあった足踏みオルガン この練習から始めて すぐバンドを作りました
ギター ペース ドラムまでは格好が良いが 私は足踏みオルガン この構成です
全て自己流で現在まで来ましたが オルガンの話が懐かしいです
2015/02/22(Sun) 19:04 | URL  | のびた #UyDaNXrA[ 編集]
のびた様
長文、読んでいただき有難うございます。
そして、コメントもm(__)m
バンドw(゜o゜)w いいですね。
足踏みオルガンは疲れるから、今だとキーボードとかシンセサイザーを使うのでしょうね。
でも、風情があっていいですね。
お仲間は今でも集まったりするのでしょうか。
バンド仲間ってカッコいい♪

2015/02/22(Sun) 21:14 | URL  | かのん #nVpog6Qw[ 編集]
バンド仲間
お早うございます
再度おじゃまします
バンドの仲間はその後40年続いており私はキーボード 2月にも一緒しました
普段の私は うたごえの伴奏をピアノ 介護施設ボランティァではキーボード持参しております
バンド仲間って良いですよ
2015/02/23(Mon) 08:34 | URL  | のびた #UyDaNXrA[ 編集]
のびた様
40年w(゜o゜)w
すごいですね。
やはり、楽しいから続いているのでしょうね。
私は自己満足のピアノですが、のびたさんはバンド活動で鍛えられたから、外に発信するパワーがおありなのだと思います。
うたごえの伴奏やボランティア活動に特技が生かされて、みなさんに喜ばれて素晴らしいです (*^-^)b
2015/02/23(Mon) 10:54 | URL  | かのん #nVpog6Qw[ 編集]
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