人生の折り返し地点は過ぎましたが、明るく前向きに生きていきます♪
2016年01月22日 (金) | 編集 |
ブログのタイトルを変えました。

日々是れ好き日なり
と、しました。

日々是好日という言葉からです。

意味は
「相対的な価値観を超越し、宇宙と一体となって悠々と生きる事が人間としての真実の生き方であるという境地に達すれば、 日々すべからく好い日である」
というもの。

そりゃ、生きていればいろいろ辛いことや悲しいことがあるけれど、誰かを恨んだり、愚痴を言っていても仕方がない。
マイナスの感情は血液をドロドロにし、寿命を縮めるだけ。

一日一日を大切に、今ある命に感謝して生きて行こうと思います。

でもね。
それとは相反するのかもしれませんが、

いい人をやめることにしました。

私はこれまで結構いい人でした。
同僚や、弱い立場の人につらく当たったことは決してありません。
頼まれたことは、出来ることなら大抵引き受けてきました。

「いい人ね」と、言われていました。

でも、結局、いい人とは相手にとって都合のいい人であり、頼みやすい人ということなんです。

先日、プール友達が水泳中に急死したこともあって、人の命はいつどうなるか分からないと思いました。

一日一日を自分に正直に、好き日にして行きたいと思います。


実は、高校時代の担任の先生から英会話教室を手伝ってほしいと頼まれました。

英会話教室と言っても、私が教えるわけではなくて、別の外国人の先生が教えるので、英語の歌の簡単な伴奏をしたり、子ども達に日本語のヒントを与えたりするだけです。

先生は84歳と高齢で心臓の病気もあり、歩くのも不自由。
先生のご自宅は同じ町内にあり、教室も歩いて数分の所。

でも、歩けなくなったので車で送り迎えをしてほしいとのこと。

心臓の重い病気で、いつ死んでもおかしくないと医者に言われているけれど、最後まで好きなこと(英語の指導)をしていたい。

お気持ちは分かります。
私は家も近いし、期待されている内容はそれほど難しくないのかもしれません。

でも・・・・・
一昨年、同じ84歳で亡くなった母。

先生は、英語の手助けよりも介護要員としての働きを期待されているのかもしれません。

いつ死んでもおかしくないと言われている
それ、私が最期までお世話するのは・・・・・

迷ったけれど、やっぱりお断りすることにしました。
薄情かもしれないけれど。

私は、今やっている2つのパートだけで精一杯。
あとの時間は自分のために使いたい。
子ども達がSOSを出して来たら、助けてやりたい。

だから、英語教室の話はお断りすることにしました。

「いい人」はやめます。

自分の納得できる生き方をしていきます。
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